前回のコラムで、「ディクテーションとはどのような勉強方法で、どんなふうに役立つのか」を説明しました。ディクテーションは、聞こえてくる英語をそのまま、一字一句漏らさずに書き取るという練習であること、リスニングの勉強で、語彙力や文法力、文脈からの判断力など、ただ音声を聞いているだけではなかなか手が回らない部分の強化に役立つということを詳しく述べました。
今回はその続きで、ディクテーションの実践的な練習に使えるウェブ上の教材・リソースを見ていくことにしましょう。前半は「第2言語(外国語)としての英語」を教える人たちの間で有名な老舗サイト、後半はアメリカのオバマ前大統領の演説をご紹介します。
「第2言語としての英語」のサイトの教材
アメリカの大学で「第2言語としての英語」の教授法で修士号を取り、日本を含む多くの国で英語を教えていた経験があるランドール・デイヴィスさんが作っている教材サイトがあります。英語学習者だけでなく、英語を教える立場にある人の間でも「定番サイト」として有名なサイトです。(パソコンで見るように作られているので、パソコンで見てください。)
http://www.esl-lab.com/
トップページにアクセスすると、古風なというか90年代風のサイト・デザインなので見づらく感じるかもしれませんが、真ん中へんに “General Listening Quizzes” という表があり、そこにEasy, Medium, Difficultと3つのレベルに分けて大量の教材が並んでいるのがわかると思います。レベルは、Mediumで英語がとても得意な大学生レベルと思ってください。大学受験生・高校生にはEasyでぴったりか、やや難しめだろうと思います。
ここにアップされているのは、日常的な場面での会話例の音声です。例として、Getting Around Tokyoという素材を見てみることにしましょう。アメリカ人が東京に観光に来て、電車に乗ろうとしているというシチュエーションでの会話例です。リスニングの練習なら、表示されたページで、上から下へと学習を進めていくだけでOKですが、今回はディクテーションなのでそれ専用に作られたページを見ることにしましょう。ページ上部の “Text Completion” というリンク(下図でピンク色の下線と矢印を補ったところ)をクリックしてください。
そうすると、次のような画面が表示されます。上部のプレイヤーで音声を再生させながら、その下のスクリプトの穴埋めを完成させていきます。空欄にそのまま、聞こえてきた語を入力していきます。
全部入力し終わったら、右側にある “Show Score” のボタンをクリックすると、答え合わせもしてくれます…………って、あれっ? 1問違っちゃってる!!
……と思ったら、”all right” と “alright” の表記ゆれでした。どっちでもいいところです(前者のほうが正式です。後者は口語では普通に使われますが、新聞記事なんかだと校正の人に直されます)。これでバツにされるのは納得いきませんが、まあ、こんなこともあります。
こんな感じの実践的な練習問題が大量にアップされているサイトなので、自分のペースに合わせて、どんどん活用してください。もちろん、利用は無料です。
バラク・オバマ前大統領のスピーチ
アメリカのバラク・オバマ前大統領は、大統領に選ばれる前から、「演説がうまい」という評価を得ていました。緩急を巧みにつけ、言いたいことをはっきり伝えるテクニックに長けていることはもちろん、スピーチライターが書いたものをオバマさんが練り上げた原稿も、内容・構成面で、まさに「お手本にしたい英語」と言えるケースが多くありました(遠い目)。
そのオバマさんの大統領時代の文書類は、ホワイトハウスのサイトにアーカイヴされていて、だれでも見ることができます(アメリカでは、大統領が大統領として行った公の発言などは、公的な財産です)。スピーチの原稿もたくさんアップされています。
https://obamawhitehouse.archives.gov/
また、オバマさんが大統領としてYouTubeにアップしていた映像も、YouTubeの “The Obama White House” というチャンネルにアーカイヴされています。
https://www.youtube.com/channel/UCDGknzyQfNiThyt4vg4MlTQ
このようにして音声とスクリプト(原稿)を自由に確認できるオバマさんのスピーチも、ディクテーションやリスニングの練習に使えます。今回はそのひとつを見てみましょう。
オバマ広島演説
2016年5月27日、オバマ大統領(当時)は、アメリカの大統領として初めて、1945年にアメリカが原爆を投下した広島を訪れ、広島平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に献花し、その前でスピーチを行ないました。このときの映像が下記です(スピーチが始まる2分45秒のところを頭出ししてエンベッドしておきます)。
内容を日本語で確認したい場合は、在日米国大使館が作成した参考訳(仮翻訳)を参照してください。
まずは、スピーチの最初の文をディクテーションしてみましょう。下線部を埋めてみてください。それぞれ1語ずつ入ります。(Exerciseの番号は、前回Exercise 1をやったので、今回は2からスタートします。)
[Exercise 2]
Seventy-one years ago, on a bright, cloudless ___________, death fell from the sky and the world was ___________. A flash of light and a wall of fire ___________ a city and demonstrated that mankind possessed the __________ to destroy __________.
いかがでしょうか。かなりゆっくり、はっきりと、思いのたけを込めて発話されているので、ディクテーションはさほど難しくなかったのではないかと思います。
では、次。4:20からの文。今度は下線部1つにつき1語とは限りません。
[Exercise 3]
__________________ the fact of war that sets Hiroshima apart. Artifacts tell us that violent conflict appeared with __________________ man. Our early ancestors, having learned to make blades from flint and spears from wood, used these tools not __________ for hunting, __________ against their own kind. On every continent, the history of civilization is filled with war, whether driven by scarcity of grain or hunger for gold; compelled by nationalist fervor or religious zeal. Empires have risen and fallen. Peoples have been subjugated and liberated. And at each juncture, __________ have suffered, a countless toll, their names forgotten by time.
人類の「文明」というものについて、非常にイメージ豊かに、なおかつ端的に書かれた箇所で、対句などの技法もなかなか鮮やかです。聞き取りに専念するというより、聞き取りつつ、頭の中にある熟語や単語の知識を引っ張り出してくるということに積極的に慣れていってもらいたいということで、どこを穴埋めにするかを考えました。ディクテーションする段階で「おお!」と思ったあなた、すばらしいです。答え合わせの段階で「ああ! これか」と思ったあなた、そうです、そうです。単語・熟語の知識を「使える引き出しにしまう」感じで、こうやって実際の例に接して、整理していってください。必ず得点力がアップしますから。
続いて8:04からのセクションを聞いてみましょう。これも1ヵ所に1語とは限りません。
[Exercise 4]
How __________ does material advancement or social innovation blind us to this truth. How easily we learn to justify violence ________________ some higher cause. Every great religion promises a pathway to love and peace and righteousness, and yet no religion has been spared from believers who have claimed their faith as a license to kill. Nations arise, telling a story that binds people together in sacrifice and cooperation, __________ for remarkable feats, but those same stories have so often been used to oppress and dehumanize ________________.
非常に強いメッセージ性を持ったセクションです。ディクテーションの穴埋めに使っていない部分は「大宗教はすべて、愛と平和への道を約束しているというのに、信仰ゆえの殺人を行う信者などいないという宗教はない」という内容。オバマさんがこのスピーチを行った2016年は、「イスラム国」を自称する宗教集団がイラクとシリアに「領土」を確保し、北アフリカにも拠点を作るなどして、「異教徒」に対して非常に暴力的なことを行っているということが日々、ニュースになっていた時期です。そのような世界情勢に、超大国アメリカの大統領として向かい合いながら、オバマさんはかつてアメリカがたった1発の爆弾で破壊し焼き尽くした街に立ち、このスピーチを行っています。
続く8:58からのセクションも見ておきましょう。そろそろ慣れてきたと思うので、少し長く取りますが、ついてきてくださいね。空所1つに入るのは1語とは限りません。あと、空所の長さもわりと適当ですから、あまり当てにしないようにしてください。
[Exercise 5]
___________ allows us to communicate across the seas and fly above the clouds; to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries ___________ turned into ________________.The wars of the modern age teach this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress ___________ an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a ____________________, as well.
______________________________. We stand here, in the middle of this city, and force ourselves to imagine the moment _________________. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see. We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and _________________________.
英文読解の教材にもなりそうな、意味のハッキリしたくだりです。内容をしっかり把握しながら、言葉に耳を傾けてみましょう。”that terrible war” 「あの恐ろしい戦争」は、原爆投下という未曾有の事態を生じさせた第2次世界大戦のこと(日本でいう「あの戦争」)、 “the wars that came before” は「第2次世界大戦の前にあった複数の戦争」で、オバマさんが「原爆だけが悪い」と考えているのではなく、戦争というものについてこう考えているということが打ち出されています。そしてそれに続く箇所は穴埋めにしてありますが、音として確かにこのように聞こえているということだけでなく、意味的にも咀嚼してみてください。
続いて12:09のところから。これも、空所1つに入るのは1語とは限りません。
[Exercise 6]
The nations of _____ built a Union that replaced battlefields __________ bonds of commerce and democracy. Oppressed peoples and nations won liberation. An international community established institutions and treaties that worked to avoid war and aspire to restrict and roll back, and ultimately eliminate _______________________________.
少し英文読解的なことを解説しておきましょう。文中の “peoples” は「諸国民」のことです。第2次世界大戦が終わり、アフリカやアジアの植民地が次々と独立を達成したことを “Oppressed peoples and nations won liberation.” と言っているわけです。そのあとの文は、現在の私たちの知る国連(国際連合)という仕組みが調整の場になっている国際社会のことです。国連の基本文書である国連憲章の前文にうたわれている理念と重なり合う文章です。
われら連合国の人民は、われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認し、正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること、並びに、このために、寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互に平和に生活し、国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。
— 国連憲章 前文(ちなみにこれの英文は「長くて読みづらい英文」として有名です)
さて、オバマさんの広島演説、13:16のところからも、少し長めの空所を取り混ぜながら、ディクテーションしてみましょう。
[Exercise 7]
But ________________________________ that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the _______________, and pursue a world without them.We may not realize this goal _________________. But persistent effort can roll back the possibility of catastrophe. We can chart a course that leads to the _____________ of these stockpiles. We can stop the spread to new nations, and secure deadly materials from fanatics.
________________ that is not enough. For we see around the world today how even the crudest rifles and barrel bombs can serve up violence on a terrible scale. We must change our mindset _____________________ — to prevent conflict through diplomacy, and strive to end conflicts after they’ve begun; to see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation and not violent competition; to define our nations _____________________________________, ____________________________.
And perhaps above all, we must reimagine our ______________________________ as members of one human race. For this, too, is what makes our species unique. We’re not bound by genetic code to repeat ___________________. We can learn. We can choose. We can tell our children a different story — one that describes a ____________ humanity; one that makes war less likely and cruelty less easily accepted.
「国際社会」のあるべき姿について、明解に述べた箇所です。引用部の3番目の段落にある “the crudest rifles and barrel bombs” は、スピーチが行われた2016年当時、既に5年目に入りながら終わりそうな気配のなかったシリア内戦で使われていた兵器のことです。シリア内戦では最先端の武器・兵器ではなく、旧式の銃が用いられ、「たる爆弾(バレル・ボム)」と呼ばれる、ドラム缶に爆薬を詰めたような粗雑な、特別の設備などなくても作れる爆弾が、政権軍によって市民たちの暮らす住宅街に大量に投下されていました。当時、国連は安全保障理事会がロシアと中国の「拒否権」で機能しておらず、国連の力でシリア内戦を停戦状態に持ち込むという取り組みは、何度試みても実現されませんでした。それを踏まえて、オバマさんのこのスピーチを聞いてみてください。「戦争が起きる可能性をより少なくする」とか「残虐さがこんなにやすやすと受け入れられないようにする」といった言葉の重みが、さらに際立ってくると思います。そしてこれらの言葉は、広島の慰霊碑の前で、述べられているのです。
最後に、18:02のところから聞いておくことにしましょう。これも、1ヵ所に1語とは限りません。聞こえた通りに空欄を埋めましょう。
[Exercise 8]
… we can think of those things and know that _________________________ took place here seventy-one years ago. Those who died — they are like us. Ordinary people understand this, I think. ___________________________________. They would rather that the wonders of science be focused on ______________ life, and not ______________ it.
not ~ but … など決まりきった組み合わせが使われているところが、予測しながら聞けていたら最高です。
オバマさんのすばらしいスピーチはまだ少し続きますが、ディクテーションとしてはここまです。
なお、このスピーチはCDつきの本になっています。「対訳つき」の形式で見やすいですし、紙の本のほうがいろいろ書き込めて便利だという場合などは、購入してみてください。下記の本は2009年の「プラハ演説」(核なき世界への理念を示したもの)も掲載されています。
まとめ
前回と今回の2回にわたって、「ディクテーション」について説明し、実践問題を作って見てきました。
前回述べたように、「ディクテーション」そのものが入試で課される大学を受験する予定の方は、試験直前になって焦りだしてからではなく、少しまだゆとりがあるうちに、このような練習問題をこなして、「耳からインプットされたものを文字にしてアウトプットする」ということがスムーズにできるようにしておくのがよいでしょう。
入試では「ディクテーション」は課されないが、リスニングの力を向上させる一助として学習に取り入れたいという方も、なるべく早い段階から積極的に取り組んでいくのがよいでしょう。
いくつかディクテーションしてみると、aboutやwith, forのように英文中で極めて弱くなる前置詞のことも把握できるようになってくるし、英語のリズムや強弱も、単に耳で聞いているだけのときと比べて、より具体的に把握できるようになるでしょう。
書籍も活用して、どんどん書き取ってみてください。
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Exerciseの答え
[Exercise 2] morning, changed, destroyed, means, itself
[Exercise 3] It is not, the very first, just, but, innocents
[Exercise 4] often, in the name of, allowing, those who are different
[Exercise 5] Science, can be, ever-more efficient killing machines, without, moral revolution, That is why we come to this place, the bomb fell, the wars that would follow
[Exercise 6] Europe, with, the existence of nuclear weapons
[Exercise 7] among those nations like my own, logic of fear, in my lifetime, destruction, And yet, about war itself, not by our capacity to destroy, but by what we build, connection to one another, the mistakes of the past, common
[Exercise 8] those same precious moments, They do not want more war, improving, eliminating