「ディクテーション」という勉強方法を知っている方はいますか? やってみたことがあるという方はどうでしょう?
大学受験においては、ごく少数の大学(独協大、津田塾大、東京学芸大、福岡教育大など)で入試に組み込まれていますので、それらの大学を受験しようと考えている方にとっては、ディクテーションの練習は直接的な大学受験対策勉強になります。
しかしそれらの大学を志願していない方にとっては、「それ何?」とか「聞いたことはあるような気がするけど……」というままになってしまうかもしれません。でも、それではもったいない!
ディクテーションはシンプルな勉強方法で、「リスニング」の力を伸ばしたいという場合、特に伸び悩んでいる場合に、とても効果的です。今回のコラムでは、その勉強法について、実践的に見てみることにしましょう。
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そもそも「ディクテーション」とは
「ディクテーション (dictation)」は「口述内容の書き取り」、「言語教育における書き取り(テスト)」という意味(『ジーニアス英和辞典』第5版より)。後者の意味では、紙と鉛筆を持ちながら音声を聞き、耳から入ってきた英語をそのまま紙に書き出すことを言います。要旨だけメモするのではなく、一字一句もらさず、冠詞も前置詞もそのまま書き取ることです。
「なんだ、それだけのことか」と思われるかもしれませんが、実際にやってみると、これが案外、大変です。音声だけでインプットされるものを文字としてアウトプットするという作業には、まずは聞き取りの力が必要ですし、その上で文字として書くための語彙力・文法力も必要です。
例えば「バッディンフレンス」と聞こえてきたときに、bad influenceと認識し(聞き取りの力)、綴りを間違いなく書くことができますか(語彙力)?
「ピース」と聞こえてきたときに、文脈・文意から、peaceと書くべきかpieceと書くべきかを正しく判断することができますか(語彙力)?
「レッド・ザ・ブック」と聞こえてきたときに、(red the bookでは文法的に成立しないので)read the bookのことだと瞬時に判断できますか(文法力)?
「ライト」と聞こえてきたその単語は、lightなのかrightなのか、正しく判断できていますか(語彙力・文法力)?
「ルッカッパ・ザ・スカイ」と聞こえてきたフレーズを、look up at the skyと、副詞や前置詞も漏れなく認識できますか(語彙力・文法力)?
こういったことは、単に「聞き取り」をするだけでは見過ごされたり、あるいは本当はできていなかったのにできていたつもりになってしまったりしてしまいがちです。特に「聞き取り」の練習は「英語の音・リズムに慣れる」ことを重視するために、「わからない部分、あやふやな部分にはこだわらない」というやり方が推奨されます(筆者自身も、聞き取りの練習に際してはそれを推奨しています)。その結果、どうしても「穴」ができたまま放置されてしまうことになりがちなのです。
そこを補うのが、耳から入ってくるのをいちいち文字にしてみるという取り組み。つまり「ディクテーション」です。
聞き取りの力をつけるには文法力や語彙力も必要
英語が聞き取れないのは、「音声での英語」の特徴がつかめていないことが原因、ということは非常によくあります。リズムが取れないとか、音と音のつながりや消失といったことによる変化についていけないとか、単に速いとかいった問題です(こういった点に関しては、音楽(洋楽)の歌詞や実際のニュースのクリップを「リスニング」の勉強に役立てようという主旨で既にコラムを書いてありますので、それをご覧ください)。この問題点は非常に自覚しやすいし、したがって対策も立てやすいです。その面を強化することで、英語の聞き取りの力がつくということは、間違いがありません。
しかし、英語が聞き取れない理由は、そういった「音声」的な側面ばかりにあるのではありません。こちらも既に当サイトで書かれているのですが、英語を聞いて理解する前提として、単語・文法の知識は必要です。というのは、英語(に限らず日本語でもそうですが)のオーラル・コミュニケーション、つまり口頭でのやり取りでは、文の構造や意味から判断して「何を言っているのか」を確定させるということが半ば無意識的に行われていて、そのため、意味や構造を把握し判断することも「聞き取りの能力」の一部になっているからです。
逆に言えば、意味(文脈)や構造(文法)が十分に把握されていないと、聞き間違いが生じやすくなります。
話が少しわき道に逸れますが、そのようなことは日本語でも「あるある」ですね。先日、電車の中で近くにいた親子の会話が耳に入りました。次のようなやり取りでした。
お母さん 「でんしゃ乗って行こうね。○○くん、でんしゃ大好きだもんね」
○○くん 「雨降ったら行けないよ」
お母さん 「どうして? 行けるよ、電車だもん」
○○くん 「えーっ、ママ、『じでんしゃ』(自転車のこと)って言ったじゃん」
お母さん 「『でんしゃ』って言ったよ。それに晴れてても、自転車じゃ遠すぎるよ」
子どもが「電車」と「自転車」を聞き間違えたのは、第一には音が似ているからですが、第二には、お母さんが言う「自転車で行くには遠すぎる」という前提を踏まえていなかったからです。最初から「目的地は、自転車では行かないような距離だ」ということがわかっていたら、子どももこのような聞き間違いはしなかったでしょうが、その前提――というか文脈――が欠落していたのですね。
そういった文脈や構造を把握できているかどうかは、日常のオーラル・コミュニケーションではあまり意識しないし、したがって確認することもあまりありませんが、言葉を使ってやり取りをするときに私たち人間は必ず、無意識に、このようなプロセスを処理しています。
「ディクテーション」という勉強方法では、そういった〈文脈や構造を把握する力〉を磨いていくことができます。英語の「リスニング」の勉強の一貫として、これはおおいに効果的です。
文脈や構造を把握する力
人間は機械とは異なり、音声を単に音声として認識して言葉として解釈しているのではありません。私たちの脳は、音声認識に加え、「文脈による予測」といったことを行っています。
例えば台風が接近している日のニュースでアナウンサーが「台風15号が○○半島に」と言ったら、次に来るのは「上陸し」とか「接近し」といった単語であると予測されます。そこで「登場し」という単語が来ると思う人は、日本語学習者にはひょっとしたらいるかもしれませんが、ネイティヴ日本語話者にはまずいないでしょう。「質問し」という単語がありえないことは、日本語を外国語として勉強している人にも容易にわかるでしょう。
英語でも同じです。台風が接近している日に “Typhoon Leepi has …” と聞いたら、私たちは無意識のうちに、次に来るのは “landed” かな、それとも “approached” かな、といったように予測を立てて、音声を聞いています。そこで “arrived” とか “appeared” という動詞はまず予測されません。ましてや “questioned” が来るということはありえません。
それに、”Typhoon Leepi has …” と言っているのですから、直後に続くのは《動詞の原形》ではなく《過去分詞》でしょう(現在完了形)。だから、何かもにゃもにゃと “land” っぽい単語が聞こえてきただけでも、その部分は “has landed” だと即座に判断して、正しく聞き取ることができるのです。
普段、意識はしないと思いますが、オーラル・コミュニケーションにおいて、私たちはこのような《文脈による予測》や《文法知識の活用》を含め、音声そのものの他の要素も手がかりとして、「言葉を聞き取る」という作業を行っています。試験対策の英語のリスニングでも、こういった要素を手がかりにする力をつけていくことが、とても役立ちます。
そしてそのためになるのが、耳から入ってくる言葉を(《文脈による予測》や《文法知識の活用》といったことに補助されながら)文字にして表す「ディクテーション」という勉強方法なのです。
ディクテーションのやり方
では、その「ディクテーション」はどのようにやっていけばよいのでしょうか。次のセクションでは、その点について、お話ししましょう。
素材の選び方 (1) 速すぎるものはNG
「リスニング (listening comprehension)」の勉強は、「耳で聞いて、内容が理解できる」ための能力をつけるために行います。普段の日常生活で、口頭でのやりとり(オーラル・コミュニケーション)をする場合は、英語であれ日本語であれ他の言語であれ、「耳から言葉が入ってくる」→「頭で理解する」→「口から言葉を出して反応する」というプロセスが、複数の人々の間で繰り返されます。そういった口頭でのやりとりは、ほとんどの場合、記録はされません。
一方で、だれかが口で述べたことを記録しておきたい場合はどうするでしょうか。録音機材を使うこともあるでしょうが、紙と鉛筆やペンを使って書き留めることが多いのではないでしょうか。例えば電話で別の電話番号を告げられた場合がそうだし、学校の授業のときに取るノートもそうでしょう。
それらのケースを想像してもらいたいのですが、話していることをすべて(一字一句もらさずに)「書き取る」という作業は、相手が話しているスピードにはなかなかついていけません。電話番号を書き取ってもらうときなどは、あえてゆっくり話しますし、必要なら確認のための繰り返しもします。母語である日本語でさえ、発話されているスピードでそのまま書き取るということは、特別な才能があるとか、「速記術」を使うとかいったことをしなければ、ほぼ無理です。
なので、英語のディクテーションの勉強をしようと思ったときには、やみくもに英語の音声なら何でも書き取ってやろうなどと考えてはいけません。そんなことをしたら、結局は全然できなくて、即座にやる気を失ってしまうのが関の山です。
よって、大学受験でのリスニング対策としては、いわゆるナチュラル・スピードの英語(例えば既にご紹介したカナダのトルドー首相のインタビューなど)は。素材としてはあまり向いていません。
それよりも、ゆっくり目に語りかけるような、テレビの落ち着いたドキュメンタリー番組のようなものがよいでしょう。あるいは、聴衆に落ち着いて聞いてもらうようなスピーチもよいですね。
いきなり「本場の英語」はハードルが高すぎると感じられる場合は、日本で英語学習者向けに作られている音声教材(学校の教科書に付属しているようなもの)を使うのがよいでしょう。ゆっくり、はっきりと発音されているのがディクテーションの練習に向いています。
英語学習者を対象とした『English Journal』という雑誌が、ときどき、ディクテーションをテーマに特集を組んでいます。そういったものを入手して使ってみるのもよいでしょう。紙版のバックナンバーもネットで購入できますし、電子書籍もあります(紙版はCDつき、電子書籍は音声はダウンロードできます)。
素材の選び方 (2) スクリプトのある音声を使おう
「スクリプト」とは、音声で何を言っているかを文字で書き起こしたものです。映画やTVドラマでいえば「脚本」、演説の場合は基本的に「演説原稿」です(アドリブが入って原稿と実際の発言とが異なってしまうことも多くありますが)。
スクリプトがないと、自分が聞き取ったものが果たして正しいのかどうか、答え合わせをすることができません。ディクテーションの練習にはスクリプトがあらかじめ用意されている音声を素材にすることがマストです。
なお、スクリプトがなくてもYouTubeの映像で字幕(CC)が出るものを使い(YouTubeの字幕についての詳細は、こちらを参照してください)、ディクテーションの練習のときは字幕を非表示にしておき、答え合わせは字幕を表示させて行う、といったこともできます。
ネットにはたくさんの情報源があるので、自分にあった素材を見つけてみてください――と言って終わるのではあまりに無責任なので(ネットは実に、情報がありすぎてわけがわからない場所ですね!)、このあとは具体例をいくつかご紹介していくことにしましょう。
センター試験のリスニングの問題をディクテーションに応用してみよう
手始めに、センター試験のリスニングの問題を、ディクテーションに使ってみましょう。音声はこちらにアップされています(手元にダウンロードしてしまうとよいでしょう)。
今回はこれを普通のリスニングの問題として解くのではなく、ディクテーションの素材とします。音声の0:43のところから聞いて、下記の空欄を埋めてみましょう。なお、空欄に入るのは必ずしも1語とは限りません。
[Exercise 1]
Question number one.
Male: Look! This picture is _________ last __________.
Female: __________ a beautiful garden!
Male: Amazing, isn’t it? And the skyscraper is ____________________.
※解答は今回のコラム本文が終わったところにつけておきます。以下同
スクリプトはこちらにPDFでアップされていますので、上記と同様にして自分で穴埋め問題を作ってディクテーションの練習をしてみましょう。自分で作った問題では勉強にならないという方は、お友達に奇数番号の問題を作ってもらい、自分は偶数番号の問題を作って、それぞれ交換してやってみるというのはいかがでしょうか。
センター試験の音声のよいところは、何より、ゆっくりしていて聞き取りやすいという点にあります。また、これが実際の大学入試の問題だということでレベル確認にもなりますね。中には速く読まれている設問もありますが、対応できるようにしちゃいましょう。使えるものはとことん使って、得点力をつけていきましょう!
まとめ
今回は、「ディクテーション」とはこのようなものだということを説明してきました。
ただ漫然と、いわゆる「英語のシャワー」的に、英語の音声を流しっぱなしにしていても、リスニングの力はなかなかアップしづらいものです。いや、確かに「英語のシャワー」には「英語の音に慣れる」という効果はあるのですが(筆者も高校生のときに「英語のラジオを流しっぱなし」ということをやってました!)、「慣れた」らそれでおしまい。その時点で聞き取れない部分や苦手な部分は、そのまま「シャワー」を続けても、それだけでは聞き取れるようにはなりません。
そういう、能力の伸びが足踏み状態になったときに、ちょっと角度を変えてアプローチしてみると、またぐっと伸びたりしますよね。
その「角度の違うアプローチ」のひとつが、今回説明してきたような「ディクテーション」という方法です。
冒頭でも述べたように、ディクテーションそのものが入試で課される大学もありますが、それらの大学を受験しない多くのみなさんにとっては、ディクテーションはリスニングの力をつけるための補助的な(そして効果の高い)方法のひとつです。
ネットにあふれる素材を使って、自分でどんどん積極的に取り組んでいける人は、ぜひそうしてください。「そこまでは無理」という人も、出版されている教材を活用するなどして、みてください。
少し取り入れるだけで、ぐっと効果が出ますよ。
次回は、ディクテーションの実践的練習に使えるウェブ上の教材・素材をご紹介します。オバマ前大統領のスピーチでじっくり練習してみましょう。
参考になる書籍
本文中Exerciseの答え
[Exercise 1]
from, spring, What, in the distance