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インターネットを受験勉強で積極的に使うために
大学受験の英語について、「聞いてわかる」(listening comprehension) 能力が重視されるようになって、実はもう30年くらいになります。その30年の間に、私たちが普通に使える道具は激変しました。20年くらい前から一般に普及したインターネットのおかげで、「生の英語」に触れることは、30年前とは比べ物にならないくらいに簡単になりました。
しかし逆に、使えるものが豊富にありすぎてどれを使ったらよいのかわからない状態になるというか、情報がありすぎてその中で迷ってしまうようなことも多くなっています。豊富にあるからこそ、「いつでも使えるから、今でなくてもいいか」的に、何となく先延ばしにしてしまうということもあります。
「身の回りにたくさんある」だけでは、何も活用できません。身の回りにたくさんあるものの中から、自分の需要にあったものを選んで、必要なときに使えなければ、何もないのと同じです。
このコラムでは、これから何度かに分けて、英語を「聞いてわかる」能力をアップさせるのに役立つ「生の英語」のサイト(英語圏でネイティヴ英語話者を対象として運営されているサイト)を紹介していきたいと思います。
紹介するサイトは、ちょっとできた空き時間にでものぞいてみてください。その上で、おひとりおひとりに合ったサイトを選んで、そのサイトを定期的に使うようにしてもらえれば、「聞いてわかる」能力はアップしていくはずです。ただし「たまに見てみる」程度ではダメですよ。定期的に使うことが重要です。
「聞いてわかる」ということの位置づけ
サイトの紹介に入る前に、序論として基本的なことを整理しておきましょう。
英語の能力は、大きく分けて「インプット」と「アウトプット」の2つの方向性に分類されます。「インプット」は読んだり聞いたりして(他人の言葉を)理解すること、「アウトプット」は書いたり話したりして(自分の言葉で情報を)発信することです。
「聞いてわかる」ことは「インプット」に属します。
そして、「インプット」も「アウトプット」も、文字によるものか、音声によるものかで分けられます。「読む」というインプットは文字によるものです。一方で「聞く」は音声によるものです。アウトプットで言えば、「書く」が文字によるもので、「話す」が音声によるものです。
英語の「4技能」
読む・聞く・書く・話すの4つを、近年、文部科学省では「4技能」と呼びならわし、民間企業が「4技能」を銘打った検定試験を実施するなどの動きが見られるようになっていますが、この分類は決して新しいものではなく、何十年も前からあるものです。
非常に高名な英日の同時通訳者で、英語教育の専門家でもある鳥飼玖美子さん(立教大学名誉教授)は『英語教育の危機』という著書の冒頭で、この「4技能」化への流れの説明を、次のように説明しています。(なお、引用文中では横書きになることを考慮し、原文の漢数字はアラビア数字に改めてあります。)
日本の英語教育は、1990年代から抜本的に方針が変わっている。英語を学ぶ目的は「コミュニケーション」であるとされ、「使える英語」を目指して、高校では「オーラル・コミュニケーション」という新しい科目が設けられ、ディスカッションやディベートなどが授業で盛んに行われるようになった。【引用注: 「オーラル」は「口頭での」の意味】
それまでは、「文法訳読法」と呼ばれる指導が主流で、文法を説明し、英文を解釈し、日本語に訳す、という教え方だった。今でも年配者は自分の受けた文法訳読の授業をよく覚えていて、「あんなことをやっているから、使えるようにならないんだ」と学校英語を手厳しく批判する。……その対極として「コミュニケーション重視」の英語教育が登場するに至った。— 鳥飼玖美子『英語教育の危機』(筑摩書房、2018年)13-14ページ
同書によれば、この「コミュニケーション重視」という言葉自体に解釈の余地があり、当時の文部省で学習指導要領作成を担当した人の思いとは裏腹に、「コミュニケーション」といえば「聞くことと話すこと」、つまり「英会話」だというふうに現場では受け取られました。こうして「聞いて話す能力」を重視する方向が固まっていき、2000年代に入ったところで文部科学省は「『英語が使える日本人』の育成」を掲げるようになります。具体的には、センター試験でのリスニング試験の導入や、学校教育現場のALT(Assistant Language Teacher)増員といったことが行われました。2010年代からは小学校で「外国語活動」として週1コマの英語の時間が必修化され、中学校では英語の授業数が週3コマから4コマに増やされました。この過程で打ち出されたのが、「訳読」偏重でも「会話」偏重でもないという意味をこめた「4技能」というフレーズ。すなわち、「読む」「聞く」「書く」「話す」の4つの技能です。
これら4つの技能は、もちろん、それぞれがばらばらにあるものではありません。実際の英語でのコミュニケーションの場面では、相互に深く連携して「英語による意思疎通」を実現しています(「文法の知識」はその4つを貫く背骨のようなもので、とても大事です)。むろん、例えば「メールを読む」ときは「聞く」能力は使いませんし、「電話で応対する」ときは「書く」能力はメモを取る程度にしか使いませんが、実務の中で「英語を使う」には、メールを読めることも、電話で応対することも必要ですし、他にメールを書くことも、口頭で誰かに重要情報を伝達することも、誰かを説得することも必要です。つまり、4つの技能は全部、必要な技能です。それを中学・高校のうちから意識的に身につけさせるというのが、文部科学省の狙いです。
学ぶ側としては、この4技能のうち、「読む」ことと「書く」ことは、基本的に教科書や問題集とノート・紙と鉛筆があれば勉強できますが、「聞く」ことの勉強には、実際に音声としての英語を使ってくれる人や音声教材が必要となります。「話す」ことに至ってはさらにハードルが高くなり、こちらが音声としてアウトプットする英語を受け取って指導してくれる人が必要となります。
「聞く」「話す」能力(オーラル・コミュニケーションの能力)を身につけるには、教室で先生や他の生徒たちと対面しながら学習することが前提です。しかしながら、「話す」のは独習するのは確かにたいへんに難しいとはいえ、「聞く」ことはインターネットを活用すればかなりの程度、独習が可能です。
ではどうすればそれができるか、という具体的なことを、これから見ていきましょう。
「聞いてわかる」ために必要なもの
教科として英語を習う・学習するときは、紙に印刷されていたり、パソコンなどのディスプレー画面に表示されていたりする文字としての英語を、読んでわかるようにすることが第一という扱いになっています。教科書に印刷された英文を読んで進めるような学習です。これは実のところ、得手不得手はあるにせよ、真剣にやりさえすれば、ある程度はできるようになってくるものです。文字の形になっているものは、常に自分のペースで追うことができますからね。
一方で、誰かが口にした英語を聞いてわかるようにするのは、ただ真剣にやっていてもなかなか難しいものがあります。誰かがしゃべっているものを聞き取るときに、「自分のペースで」などということは言えません。とにかく速いし、はっきり聞こえないということで、パニクってしまうことすらあります。意味を取るなんてほとんど無理。英語教材の宣伝文句でよく「英語のシャワー」と言いますが、やみくもに聞いているだけでは、ほとんどが「わやわやわやわや」と聞こえるだけで終わってしまうかもしれません。
語彙力
人間、知らない語(単語)は聞き取れません。例えば、顔料のひとつに「胡粉」というものがあるのですが、太字にした単語を知らない人は、たとえ日本語話者であっても、「ガンリョーノヒトツニゴフントイウモノガアル」と口頭で言われたときに、「顔料のひとつに胡粉というものがある」と正しく認識することはできないでしょう。
私たちの母語である日本語でさえそうなのです。外国語である英語についても、「聞いてわかる」ために必要なのは、まずは単語力です。「わやわやわやわや」が “What did you have for dinner?” と聞こえるためには、whatやhave, dinnerといったそれぞれの単語を認識できなければなりません(さらに言えば、それぞれの音のつながり方を認識することも必要ですが)。
上級者になれば、「わからない単語があってもとりあえず聞き流す」という高度なテクニックが使えるようになってくるのですが、高校生の間はまだそのテクニックを使うことは考えないほうがよいでしょう。地道に、語彙力をつけていくのが最も確実です。その上で、その単語はどのように発音されるかを、たくさんの実例に触れて会得していくのです。
そこで使えるのが、インターネット上に無数にある「人が英語で何かをしゃべっているビデオや音声」という素材です。
英語の字幕
さて、そうは言っても、インターネットで触れることができる「生の英語」は、学習者が知ってる単語だけを使って話してくれてるわけではありません。
そこでネット上の素材を使って「聞いてわかる」ようにするために必要となるのが、英語の字幕です。日本のテレビのバラエティ番組でよく見られる「テロップ」のように、そこで言われていることをそのまま書き起こして文字で表示してくれる字幕です。
ここでの字幕は、ちょうど、自転車に乗れない子供が使う補助輪のようなものです。慣れてきたら取り外してしまえばよいのですが、まずは慣れることを目標に、字幕をどんどん活用しましょう。字幕を見ながら聞き取って、意味を取るという練習を重ねていくうちに、字幕なしで音声だけでも単語・フレーズを認識できるようになっていきます。
YouTubeの英語の動画は英語字幕が表示される(よう設定されていることが多い)
ここ数年、機械的な音声認識技術の進展には目覚しいものがあり、動画共有サイトYouTubeにアップされている英語の映像で「字幕」が表示できるようになっているものは、かなりの程度、聞き取りの練習には使えるくらいの精度の字幕が表示されます。
例えば下記の動画は、アメリカの弁護士のスティーヴさんが、クリエイティヴ・コモンズのライセンスについて説明する動画で、字幕が表示できるようになっています。14分以上ある長い動画で、内容も難しいかもしれませんが、ここではとりあえずYouTubeの字幕がどういうものかを確認するだけなので、最初の2分くらいを字幕を表示させた状態で眺めてみてください。
※字幕を表示させるには、下記キャプチャー画像でピンク色の矢印で示したボタンを使ってください。
どうでしょう。YouTubeの音声自動認識の字幕の表示方法・使い方は確認できましたか?
この動画の英語は、いわゆる「ナチュラル・スピードの英語」なので、全部聞き取ろうとがんばらなくてもよいです。最初はただ眺めているだけでよいです。2度目は、何度も出てくる単語(例えばcopyright)に意識を払いながら再生させる、といったようにして学習を進めていきますが、具体的な学習の進め方はまた次回以降に説明しますね。
字幕の表示方法・使い方が確認できたら、YouTubeにアップされている英語の動画を、字幕を表示させた状態でいろいろ見て回ってみましょう。ただし中には字幕表示のボタンがない動画もあります。その場合は元の動画のアップロード主が、字幕表示機能をOFFにしているので、字幕が使えません。あきらめて、別の動画を探してみてください。
例えば『アナと雪の女王 Frozen』の公式予告編で字幕が表示されますし:
TVのトーク番組にアリアナ・グランデが出演したときのクリップも字幕が表示されます:
字幕を見ながら実際の音声と単語・フレーズを結びつけることができれば、意味も取れるはずです(意味がわからない単語が出てきたら、そのときは読解の勉強と同じように、辞書を引いて確認しましょう)。
このようにして、「音声を聞き取って認識し、意味を把握する」というプロセスを踏んで練習を重ねていくことで、「聞いてわかる」能力はどんどんアップしていきます。夏休みなど時間が取れるときに、どんどん積極的に取り組んでいきましょう。
自分の好きなトピックの動画を見つけて、うまく勉強に取り入れていけるといいですね。
YouTubeで日本語字幕が表示される場合の対処法
上記のようにして「字幕」を表示させたときに、英語の動画であるにもかかわらず、日本語の字幕が表示されることがあります。国際的に関心が高い動画では、英語だけでなく複数言語の翻訳字幕が設定されていて、一発で英語字幕を表示させることができない場合があるのです。
そういう動画でも、字幕を英語に切り替えることができますから、学習に使うことをあきらめる必要はありません。
例えば、スポーツメーカーNIKEの企画で行われたウェイン・ルーニーとダニー・ウェルベック(両者ともに当時マンチェスター・ユナイテッド所属)のインタビュー。訛りのきつい英語なので、「英語ができる」人でも字幕はありがたいのですが、デフォルトでは日本語字幕が出てきます。
これは簡単な手順で英語に切り替えることができます。以下にパソコンの場合を例に、キャプチャー画像で示しておきましょう。
このように、画面下の【設定】→【字幕】→スクロールダウンして【英語】を選択、という手順で、英語字幕を表示させることができます。スマホでも、アプリの画面右上にあるメニューボタン(・・・が縦になったもの)から、【字幕】に進めば、パソコンと同様に言語選択できるので、試してみてください。
次回は、YouTubeよりもさらに手軽に使える動画素材をご紹介します。