【現代史】冷戦下の宇宙開発競争と、専門職の黒人女性たち: 映画『ドリーム』

Hidden Figures

現代史をテーマにした当コラム、初回(前々回)は、「冷戦とはどのようなものだったのか」を、ウェブ上の情報源を見ながら説明しました。また、前回は、その「冷戦」の象徴たる「ベルリンの壁」について、建設から崩壊までをざっとたどってみました。今回はその「冷戦」の中で実際にどのようなことが起きていたか、実話を題材にした映画を見てみましょう。

「冷戦」下での、東西両陣営の競争

本題に入る前に、「冷戦」が、政治とは直接の関係がない分野にも大きな影響を及ぼしていたことについて、少し説明しておきましょう。

情報の遮断

当時、「鉄のカーテン (the Iron Curtain)」(冷戦初期に訪米したウィンストン・チャーチル前イギリス首相が、演説の中で、「西側」と「東側」の間が閉ざされた状態になったことを述べるのに用いた比喩)の向こうのことは、こちら側にはほとんど伝わってきませんでした。それも、単に「伝わってこない」のではなく、「伝えられない」、「遮断されている」という状態でした。

……という説明では抽象的すぎてわかりづらいかもしれません。現在の世界でいえば、例えば北朝鮮国内でどんなことが起きているのか、日本にはほとんど伝わってきませんね。それを想像してください。国家指導者たちの言動は(部分的に)ニュースとして報じられていても、人々がどんな映画やテレビ番組を見ているのか、どんな音楽を聴き、どんなものを食べ、どんな店で何を買い物しているのか、といった生活のディテールも、国際大会に出てくるスポーツチームがどのような環境で練習しているのかといったことも、国のエリートである大学生がどんな生活をしているのかといったこともはっきりとはわかりません。それは単に「伝わってこない」のではなく、情報が「遮断されている」からです。

「単に伝わってこない」とは、例えば「スペインでどんな音楽が流行っているか」、「インドのサッカー・リーグの状況は」など、知りたいと思っている人があまり多くなくて新聞やテレビ、雑誌では取り上げられないけれども、調べようと思えば個人でも、言語の壁さえ何とかすれば調べられる、というもののことを言います。

他方、現在の北朝鮮や、冷戦時代の「鉄のカーテン」の向こうのことはそうではなく、当局が情報を出さないようにしている(いわば「情報鎖国」の状態にしている)のです。それも、国外向けに「情報鎖国」するだけでなく、国内向けであっても情報を統制することが珍しくありません。

1986年のチェルノブイリ原子力発電所の事故は、それをはっきりと示す例のひとつです。1986年4月26日未明、原子炉がメルトダウン(炉心溶融)を起こした後に爆発し、炉内に留まっているべき放射性物質が広範囲に巻き散らかされるという事態が生じました。この事故発生直後にソ連(ソヴィエト連邦)政府がどのように対処したのか、ウィキペディアを参照してみましょう。

当初、ソ連政府はパニックや機密漏洩を恐れこの事故を内外に公表せず、施設周辺住民の避難措置も取られなかった……。しかし、翌4月27日にスウェーデンのフォルスマルク原子力発電所にてこの事故が原因の特定核種、高線量の放射性物質が検出され、近隣国からも同様の報告があったためスウェーデン当局が調査を開始、この調査結果について事実確認を受けたソ連は4月28日にその内容を認め、事故が世界中に発覚。当初、フォルスマルク原発の技術者は、自原発所内からの漏洩も疑い、あるいは「核戦争」が起こったのではないかと考えた時期もあったという。

チェルノブイリ原子力発電所事故 (ウィキペディア)

チェルノブイリ原発事故は、2011年の福島第一原発事故とは比べ物にならないほど深刻で大規模なものでした。福島第一原発の事故も、国際基準では最も深刻な事故にランク付けされていますが、それとすら比べものにならないくらいにひどい事故です。それでも、当時のソ連は情報を秘匿していたのです。そしてそれは、当時の感覚では「ソ連だからしょうがない」、あるいは「いくらソ連でも、ちょっとひどい」とでも言うべきものでした――現在の感覚ではあまり考えられないかもしれませんが、「ソ連だから情報は明らかにならないだろう」というのは、ごく一般的な想定でした。

「科学」の分野での東西の競い合い

このような中、「西側」にいる私たちの元にマスコミを通じて届く「東側」の話題は、東側諸国の政府が喧伝したいような「わが国はすごい」というニュースを除いては、ごくわずかでした。そしてそれらの「わが国はすごい」というニュースは、スポーツや宇宙開発・航空技術といった分野で多く見られました。科学的トレーニングが行われる競技スポーツを含め、東西両陣営が「科学」で競い合っていたのです。

宇宙開発はその競争の最前線でした。

宇宙開発競争

1991年にソ連が崩壊して「冷戦」構造が過去のものとなって以降、宇宙開発は世界全体が協力し合って進めるようになっています。元々は1980年代末にアメリカをはじめとする西側諸国によって着手された「国際宇宙ステーション (ISS)」の開発は、冷戦終結後にロシアも参加するようになり、現在ではロシアの「ソユーズ」が地上とISSとの間を行き来して、宇宙飛行士のみなさんや物資などを運んでいます。

しかし、1990年代までは、そのようなことはまったく考えられないことでした。アメリカとロシア(ソ連)は完全な対立関係にあり、宇宙開発で協力することなどありえない話だったのです。

今回の映画は、その東西対立の時代のアメリカで、宇宙開発計画にたずさわる数学者や技術者たちの活躍を描いたものです。といっても語りつくされてきたような「英雄譚」ではなく、そこには2010年代らしい「ひねり」が加わっています。だれを主人公とするか、という映画の最も重要なところにも。

映画『ドリーム』(原題: Hidden Figures)

2016年のアメリカ映画『ドリーム』(全米公開は2016年12月、日本公開は2017年9月)は、「冷戦」がエスカレートしていきつつあった1960年代初めを舞台とし、アメリカ航空宇宙局(NASA)に勤務する3人の計算手 (computer) を主人公とする映画です。

「計算手って何?」と思われるかもしれませんが、まさに文字通り、計算をこなすことが仕事の人たちのこと。この映画は、現代の生活に欠かせないコンピューター(計算機)が本格的に実用化される前、科学技術開発にとって必要不可欠な複雑な計算が、基本的に、人間の頭と手で行われていたころの話なのです。

発足して間もない、実績らしい実績もないNASA

1950年代後半、ソ連は世界初の人工衛星打ち上げに成功するなど、宇宙開発でアメリカの一歩先を行っていました。自分たちが1番だと信じていたアメリカにとってはショックなんていうものではありません。1958年、アメリカ政府は、ソ連に追いつけ追い越せとばかりにNASAを組織しました(それまでに存在していた機関がテコ入れされ、再編されました)。目指すのは、ソ連がまだ実現できていない有人宇宙飛行! 「アカ(共産主義者)より先に宇宙に行かねばならない」という政治的な思惑で、科学者たちが動かされた時代です。

今でこそ、NASAといえば「最先端」というイメージが完全に定着していますが、当時はまだ実績もないような機関でしたから、予算も潤沢とはいえません。この映画の冒頭では、政府・政治家から「ものになるかどうかわからないが、がんばってもらわないと困るのだ」というような扱いを受けていて、映画の中で管理職はなかなか悲哀に満ちた感じです。

そういう「管理職あるある」的なところは現代にも通じるかもしれませんが、この映画で描かれていることには、現代とは明らかに違う点があります。

東西冷戦と人種隔離の時代

映画の舞台となっている1960年前後の数年間は、上述したように、東西冷戦の時代でした。米ソが互いに敵視しあい、それぞれ国の威信をかけてありとあらゆる分野で争っていた時代です。そのような状況は、2010年代も終わりにさしかかった現在では、過去のものです。上でも触れましたが、現在の有人宇宙開発の最先端である「国際宇宙ステーション」に関して、アメリカとロシアは反目しあうのではなく協力し合っています。

それ以上に身近なところでは、当時のアメリカでは白人 (white people) と有色人種 (colored people, non-whites) の隔離が行われていたという違いがあります。

「ちょっと待て。人種差別は今でもあるではないか」と言いたくなるかもしれません。それはその通りです。Black Lives Matter(「黒人の命にだって意味はあるんだ」)と大勢の人々が声を上げなければならない状況が2010年代にあるということは、決して軽視されるべきことではありません。実際、筆者はBLMをSNSでフォローしていて、ある出来事が実況生中継されるのを偶然見ており、非常に大きな、本当に忘れられないような衝撃を受けました。

しかし、それでも、映画『ドリーム』の時代の「人種差別」のあり方は、今のそれとは決定的に違うのです。

以前、少し述べましたが、「アメリカ合衆国」、つまりthe United Statesは、「個々のstateが連合したもの」です。「アメリカ合衆国」としてまとまってひとつの方針のもとにあるような分野(外交や国防など)は、全体をまとめる連邦政府が仕切っていますが、人々の生活に近い部分では、それぞれの州が別々に「法律」を定めているのが普通です。こういった州ごとの法律を「州法」と言います。

人種隔離はそのような州法によって行われていました。隔離は完全に「合法」どころか、「隔離しないことが違法・不法」という状況です。

根拠は州法ですから、「ワシントンDCやニューヨークでは見られないような隔離が、南部では普通に行われている」ということが当たり前でした。その点について深く知りたい方は、『ミシシッピー・バーニング』など優れた映画が過去に何本か制作されているので、見てみてください。

映画『ドリーム』の舞台は、ヴァージニア州のハンプトンという街にあるNASAのラングレー研究所ですが、この州は、大まかには「奴隷制を維持したい南部」対「奴隷制を廃止したい北部」の戦争であった南北戦争 (1861~65年)で南部に属し、南北戦争後の反動の時代に人種差別を制度化してしまった州です。20世紀になってもその特徴は変わらず、「白人とそうでない者は別々に扱われるべきだ」という思想が現実を支配していました。白人と有色人種(主に黒人)は同じ街で生活しながら、バスの座席も別々ならば、水飲みの設備もトイレも別々でした。白人と有色人種は別々の入り口から映画館に入り、別々のエリアで映画を見たりしていました。下記はヴァージニア州とは別の州で1938年に撮影された写真ですが、裁判所の庭に「有色人種専用」の水飲み場が設置されている光景です。

ノース・カロライナ州、ハリファクスにて、1938年に撮影。Photo via Wikimedia Commons (Public Domain)

ノース・カロライナ州、ハリファックスにて、1938年に撮影。
Photo via Wikimedia Commons (Public Domain)

学校も大学も「白人だけ」か「有色人種だけ」。映画『ドリーム』の3人の主人公たちは、子どものころに算数・数学の出来が飛びぬけてよかったことから、女子であるにも関わらず高等教育を受け、やがてはNASAでプロの「計算手」の仕事に就くことになりましたが、そのことは、彼女たちが「有色人種」の枠を飛び越えることは意味しませんでした。

「有色人種用トイレ」、「有色人種用コーヒーポット」

映画の中では、それを効果的に伝えるために、「人種別のトイレ」という装置が設定されています(ただし、実際にはNASAでは設立時から人種別トイレというものは撤廃されていたそうですから、史実を見ようとするときには注意が必要です)。

計算手として特に腕を見込まれたキャサリンは、NASAが組織としての命運をかけて取り組む有人宇宙飛行計画「マーキュリー計画」に関わる部署(宇宙特別研究本部)に異動となります。その部署は、一歩部屋に入ればほぼ「白人」の「男性」ばかりで、「黒人」の「女性」であるキャサリンは、完全に「異物」扱いです――単に「浮いている」のではありません。目も合わされず、だれも彼女を「自分たちのチームの一員」として扱いません。初日には、黒人で女であるということで掃除係扱いされます。頭を使う仕事をする人にとって欠かせないコーヒーのポットも、ある日「黒人用ポット」が用意されていて、だれもそれについて説明すらしようとしない、という状況です。

さらに、トイレに行きたくなれば、研究所の敷地を横切って「黒人用トイレ」まで走っていかねばなりません。ただの「トイレ・ダッシュ」ならコメディ的ですが、彼女が使ってよいトイレは、800メートルも離れています。歩いていたら10分かかります。しかも「女性らしい服装」が必須なので、あまり大またでは歩けないようなひざ丈スカートに、ヒールの靴という服装です。

この不条理にもキャサリンはめげなかったのですが、ついに爆発するときが来ます。それによって彼女は現状をひとつ打ち破ることができるのですが、映画の中の山場のひとつですから、「ネタバレ」は控えましょう。ただ、当時実際に、「白人」(であり、「男性」であり「上司」であるという人物)に対して、「黒人」がこのように自分の意見を言える環境は、人種隔離が行われていた南部諸州においては、ごくごくまれだったのではないかと思います。

また、この時代、「男は外、女は家」の価値観は人種を問わず根強くあり、NASAのようなスペシャリスト集団でも「女は男の補佐」というのが当たり前でした(この価値観は、正直、2010年代の現在でも過去のものになったとは言い切れませんが)。「マーキュリー計画」が動き出す前にキャサリンたちが配属されていた計算の部署は、黒人女性しかいませんでしたが、特にだれがやっても違いが出なさそうな、業務に必要な細かい計算、雑多な計算をまとめて行う部署のようです。また、当時は書類をタイプライターで清書する作業(タイピング)も「女の仕事」で、この映画の中ではほとんどスポットライトが当たっていない白人女性たちも、そういった仕事に従事しています。映画の中で「NASAが女性を雇っているのは、職場の花になるからではない」という台詞があるのですが、それでも、男性たちが紙や黒板・ホワイトボードの類を使ってばりばり計算している一方で、女性たちは(人種を問わず)タイプライターをかちゃかちゃやって、他人の書いたものを清書しています。

極めて有能な数学者であるキャサリンも、その頭脳を見込まれて配属された宇宙特別研究本部で、「タイプライターで清書する」という業務を行っています。そしてその文書に論文著者として、白人男性担当者の名前だけでなく自分の名前を書き添えると、補助的な作業しかしてないなどとされ「名前は書くな」と言われてしまいます。そもそも黒人であるキャサリンは半ば「部外者」扱い。計算(検算)のために渡される文書でさえ、「機密保持」を理由として、あちこちが黒く塗りつぶされています。

実在の黒人女性科学者たちの物語

映画は最初の10分で、このような「時代的背景」を濃密に描写しています。用を足すために数百メートルのダッシュをするのが日常という人種差別、「女は家で子育て」という類型が当たり前の性差別、そして科学が軍事利用され、科学者がそれに否応なく関わらされていく東西冷戦。さらに言えば脇役で「亡命ユダヤ人科学者」も出てくるし、「勲章を得ている黒人軍人」も出てきて、なかなか分厚い構造になっています。

映画の主人公3人は、実在した黒人女性科学者(数学者、技術者)です。下記はNASA施設内で行われた上映会で撮影されたもの。壇上に座っているのは、左からメインキャスト3人、この映画をプロデュースしたファレル・ウィリアムズ(ミュージシャンで、本作のサントラにも曲を提供しています)、脚本・監督のテッド・メルフィと並び、右の2人の男女はNASAのディレクターと副ディレクター。彼ら・彼女らの後ろに掲げられたパネルに並ぶ3人が、実際の「NASAの黒人女性数学者・技術者たち」の顔写真です。

1番左が、工学技術者のメアリー・ジャクソン(2005年没。映画の中では、「苦労して学位なんか取ったところで、NASAが黒人を認めることはない」と夫から反対されながら、法廷に訴え出て、エンジニアとしてNASAで仕事をするために必要な学位を取るために人種隔離されていた大学の夜間コースで必要な科目を履修することが認められる、という役柄です。史実としては彼女が学位を取ったのは、映画で描かれている出来事が起きる前のことでしたが)。真ん中が数学者のキャサリン・ジョンソン(99歳でご健在です。宇宙研究特別本部に配属され、数学者として大活躍する彼女は、映画の中では3人の中でも最も出番が多い役柄)。そして1番右が、コンピューターが広く普及する前からプログラマーとして活躍したドロシー・ヴォーン(2008年没。当時まだ珍しかったコンピューター・プログラミングを独学で習得し、NASAに導入されはしたものの白人男性たちが全然使いこなせていないIBMのコンピューターを、さくっと配線を直した上で華麗に使いこなしていますが、黒人女性であるがゆえに、管理職の仕事をしても管理職手当てが出ないという待遇を受けています)。

ドロシー・ヴォーンについては、IBM社のサイトに解説コラムが連載されているので、読んでみてください。

  1. ドロシー・ヴォーンとIBM メインフレーム
  2. 磁気テープが最先端だった時代~映画『ドリーム』
  3. ドロシー・ヴォーンが活用したプログラミング言語~映画『ドリーム』
  4. CPUが大きな筐体だった時代~映画『ドリーム』
  5. 現代ならばDVD-R?フリック入力?~映画『ドリーム』
  6. NASAの宇宙計画とIBM~映画『ドリーム』

見れば元気が出るような、爽快な映画

上述したように、キャサリンもドロシーもメアリも、さんざんひどい目にあわされ、苦難を強いられます。「無意識な差別」の当事者である白人女性たちも決して恵まれた環境にあるわけではありません。白人男性職員たちも、「ソ連が有人宇宙飛行を実現させた」(1961年4月、ガガーリンの宇宙飛行)といっては全員残業を余儀なくされたり、ようやく実現にこぎつけた実験が失敗したり、IBMのコンピューターが全然使いこなせなかったりと、かなり悲惨です。

映画は、NASAという組織が、組織としてこの苦労を乗り越えて有人宇宙飛行を実現させるという大きな枠の中で、キャサリン、ドロシー、メアリの3人の女性たちがそれぞれの限界を限界と思わずに超えていくのを描いています。

映画のメッセージは明確です。「限界を超えろ」。「自分が先鞭をつけろ (Be the first)」。

主人公3人も、脇役たちも、だれもが自分の「限界」を自分なりに超えていきます。「黒人はエンジニアにはなれない」という限界、「女は会議には出られない」という限界、「人間は宇宙には行けない」という限界、「女性職員にプレゼントって、何を渡したらいいのか」という限界、「黒人を同僚とみなせない」という限界、「妻が子育てより外での仕事に懸命になっているのを受け入れられない」という限界、「『キャサリン』ではなく『ミセス・ヴォーン』という敬称で呼ぶ」という限界、「黒人も白人も分かれることなく同じ光景をかたずを飲んで見守る」という限界、「いつだってソ連が一歩先を行っている」という限界……。

ベタなハリウッド映画だったら、「黒人が抱える問題に理解がある雄弁な白人」(演じるのはブラッド・ピット、的な)が出てきていたでしょうが、この映画はそうではありません。コーヒーポットが用意されるところでだれかが「キャサリン、申し訳ないけど、州の決まりだから、あなたはこれを使って」などとキャサリンに直接声をかけるかもしれないな、と思ったのですが、この映画はそういう設定はしていないのです。自分の中の「人種差別に向き合うアメリカ」に対する思い込みを崩してくれるような快作です。

もちろん、キャサリン、メアリ、ドロシーの3人の女性たちの(いわば)「立身出世」のストーリー自体がスカっとするものです。彼女たちのプライベート、特にメアリの家族との軋轢は、彼女たちが「人種」だけでなく「性別」の壁を克服しなければならなかったことを雄弁に伝えてくれます。

笑うと白い歯が輝くなどあまりに爽やかすぎて何かのパロディかと思ってしまうくらいの好人物として登場する「マーキュリー計画」の宇宙飛行士ジョン・グレン(実在の人物)や、優秀であるだけでなく頼りになるキャサリンの直接の上司のハリソン本部長(実在の人物に基づいて造形された架空の人物)といったNASAの宇宙開発の「中の人たち」の作り出す物語も、とてもわかりやすく、感情移入しながら見ることができるようになっています。最後の方のハラハラドキドキの展開は(史実とは違うところがありはするようですが)、アクションは一切ないのに、アクション映画ばりに目を離せません。

本編が終わったあとのエンドロールで、本編で描かれてきた物語についての実際の写真(歴史的写真)のスライドショーが流れます。NASAの記録写真、人種差別の写真、人種差別に抗議する人々の写真……映画製作陣や出演者が、実際に「あの時代」を生きた人々をレスペクトしていることがひしひしと伝わってきました。

俳優陣もみな魅力的だし、見れば元気が出る1本です。ぜひ、レンタルなどで見てみてください。映画としての詳しい情報は日本語版公式サイトIMDb (Internet Movie Database) でご確認くださいね。

映画の原作となったノンフィクションも日本語に翻訳されています。

サントラは、既存の楽曲を使うのではなく、著名ミュージシャンが本作のために書き下ろした曲が満載。ストーリーと同じく、元気付けてくれるような曲が揃ってます。

原題と邦題について

上でも述べましたが、この映画、原題は “Hidden Figures” といいます。Figureは、大学受験生は苦労させられることが多い多義語ですね。多義語がタイトルに使われるときは「掛けことば」になっていることが多いのですが、本作も例外ではありません。オックスフォードの英語辞書の定義でいう1番と4番の意味がかけられています。つまり「数字」と「人物」。Hidden Figuresとは、「物理的な現象の背後にある数字」という意味であり、「歴史の影に隠されている人物たち」という意味です。

NASAの「マーキュリー計画」では、厳しい訓練を経て実際に飛行を行った7人の宇宙飛行士がメディアの大注目を集めていましたが、その影には大勢の数学者やエンジニアがいて、さらにその中にキャサリンやドロシーやメアリのような「マイノリティ」の人々が、まさに「埋もれて」いたのですね。

邦題の『ドリーム』では、それがいまひとつ伝わってこないのが残念です。

また、邦題では、「マーキュリー計画」についての映画に「アポロ計画」という副題を勝手につけるというめちゃくちゃなことが行われていたのですが(公開直前に何とか撤回)、その件に関してはbmrというメディアの記事がとてもわかりやすいです。

そうそう、「歴史の影に隠されている人物たち」ということで思い出しましたが、第二次大戦時のイギリスで暗号解読の任務についた数学者たちを描いた映画『イミテーション・ゲーム』(2014年・イギリス)でも、女性数学者が脚光を浴びていました。キーラ・ナイトレイが演じた役です。こちらも(史実と違うところがたくさんあるものの)コンピューターの歴史を知る上で役立つ、とてもおもしろい映画なので、ぜひ見てみてください。

 

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